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「心にうつりゆくよしなしごと」について


「心にうつりゆくよしなしごと」について

<120>Society-社会 人を救うと言うことは

人を救うという意識が、おこがましいということは、重々承知しています。
ただ、何らかの悩みを持っている隣人を、放っておけるほど冷淡でもなく。
結局、自分は偽善者なのでしょうか?

思春期・青年期にありがちな話として、長年にわたりひきこもりが注目を集めています。ここで言う「ひきこもり」とは、決して病気の名称ではありません。もちろん病気でもありません。
さまざまな要因から社会への参加がしにくくなり、結果として自宅以外での生活活動が長期に渡って失われている状態のことを言います。


この「要因」、主に2つに分かれていると考えられています。
1つ目が、統合失調症、うつ病、強迫性障害、パニック障害など、の精神疾患。これは、何らかのきっかけで心が風邪をひいてしまう状態と考えて良いでしょう。適応障害なども当然含まれます。

2つ目は、心が風邪をひいていないにも関わらず、長期に渡ってひきこもってしまうパターン。1970年代から話題に上るようになりました。
いま、ニュースなどで何かと話題になっているひきこもりは、ほとんどがこちらのケースで、社会的ひきこもりと言われることもあります。

この「社会的引きこもり」は、個人を取り巻くさまざまな要素がからみ合って、引きこもり状態になると考えられています。決して「本人の性格」や「親の育て方」などといった一面的な理由だけではないのです。
私の経験上ですが、引きこもっている本人は、真面目で優しい性格の方が多いです。

札幌在住時に登録していた家庭教師派遣センターで、引きこもりの生徒さんと、素行に問題がある生徒さん(いわゆる「不良行為」ってヤツですな)を、一時期専門で担当してました。
そこで私が見た生徒さんたちは、決して悪いことはしていませんし、悪い子ではありませんでした。むしろ、優しすぎたり、ちょっと考え方が多様性を持っていると言うだけで、心が傷つき、疲れてしまった子らだったのです。

学校や職場で「いじめ」や「きつい労働」などの辛い経験があって、外出しにくくなったり、電車に乗れなくなったりすることがあります。また、目標を見失ったり、対人関係がしんどくなったりして無気力になることもあります。
このような時に、自分を理解してくれる、心の支えとなる人が周囲に見付けられないため、結局は周りを信用できずに引きこもってしまうのです。

家庭内ですら人間関係が希薄になってしまった現代社会。
引きこもってしまった彼らにとって、本当の幸せとは何なのかを考えさせられました。

引きこもったまま、自己とネットの世界で完結するのか。
それとも、自ら働き、視野を広げて、社会生活を営むのか。

私の周囲に風邪をひいた子がいたら、自分のできる範囲で手を差し伸べ、風邪薬を飲ませてあげようと思っています。
また、心が傷つき、疲れた子がいたら、バンソウコウを貼って、頭をなでながら、自分が見聞き体験してきた昔話を聞かせてあげようと思っています。

ただ、私にも限界があります。
やはり自分に余裕があって、始めて人のことも心配できるわけですから。
自分に余力がないのに、人を無償で助けようというのは、自分が崩壊してしまい、ひいては助けようとした人まで巻きこみかねません。
そこは、しっかり留意すべきと思っています。

◆2ちゃんねる ひきこもり板

Posted by ナカノヒト : 2005年05月06日 14:17 | コメント (0)

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