運命とは斯くも残酷なものなのか
2度目、です。
さまざまな知識を自由に結合し、思考を飛躍させることが生き甲斐の人間にとって、枠にとらわれない思考ができる話し相手は、自らの最良の鏡です。
また、学術知識が細分化・専門化しつつある近世において、中世以前の分野にとらわれない学術的思考ができる人間は、自らの最良の片翼です。
今でこそしがないサラリーマンをしていますが、昔は思考の翼を限りなく広げていました。
そして、さまざまな事象と自らが生きる意味、そして全ての事象が存在する意味を考えていたのです。
普段は実に俗っぽい人生訓などを語っていますが、その根底にはこの時に思索してきた知恵と自分なりに得た真理が、脈々と息づいているのです。
約10年程前でしょうか。
まさに思考の翼を心おきなく広げられ、自らが得た知恵と知識を思う存分注いで、昇華させられる方をみつけました。
ですが、その方は私が持つ翼より大きな翼を持っていたため、遙か上空へと飛び去っていきました。
そして今、またも思考の翼を心おきなく広げられる方が、目の前から消えてしまいました。
翼を広げられるだけではなく、互いに同じ「核」を持ちながら表現方法だけが違っていたため、共に検討し、より深めることができる相手でした。唯一、知識を無差別に相互補完できる相手と言っても過言ではないでしょう。
そういう点では、前述の方より痛手は大きいです。
今日も孤独に思考の片翼を折りたたみ、しばしの休息につくとしますか……
彼と、そして、彼女に幸あらんことを心から祈ります。
Posted by ナカノヒト : 2005年05月26日 18:49 | コメント (0)