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「心にうつりゆくよしなしごと」について


「心にうつりゆくよしなしごと」について

<130>Scholarly-学術的思索 頼むから……

関西にも来てくれ!
でなければ、最終日までに飛ばざるを得ないか?

◆日本におけるドイツ年~特別展 「アインシュタイン日本見聞録」


※参考 アインシュタイン博士の来日(2005/9/24「牧民官・後藤田正晴に送る」内 補追2)

アインシュタイン博士は大正11年(大正デモクラシーの真っ最中)に当時の出版社「改造社」が中心となって日本に招待された。
この来日はアインシュタインにとって唯一のアジア体験であり、渡航中の船上でノーベル賞受賞の報を受けたこともあり、博士自身にとっても思い出深い旅行となった様だ。
日本国内でも熱狂的に迎えられ、行く先々で大歓迎を受けたのは勿論、各地の新聞社も大きく取り上げた。
以下に帰国当日に大阪朝日新聞に掲載した日本国民へのメッセージを掲載する。
如何にアインシュタイン博士が日本に深い思い入れを抱いていたかが伺える。
(現代口語仮名に変えてあります)

「謙譲で実篤な国民へ」~いよいよ日本を去るに臨んで 相対性博士の謝辞と希望~

予が日本に渡来以来至る所で日本国民の心からの歓待を受けたことについては何よりもまず第一に感謝するところである。
次に予が一ヶ月に余る日本滞在中特に感じた点は、地球上にもまだ日本国民の如く爾く謙譲にして且つ実篤の国民が存在していたことを自覚した点である。
世界各地を歴訪した予にとって未だ斯くの如き純真な心持ちの良い国民に出会ったことはない。
又、予の接触した日本の建築、絵画其の他芸術や自然については山水草木が悉く美しく細かく日本家屋の構造も自然に叶い総て一種独特の価値がある。
故に予は此の点については日本国民が寧ろ欧州感染(ママ)をしないのを希望する。
又福岡では畳の上にも坐って見、味噌汁も啜ってみたが、其の一寸の経験から見て予は日本国民の生活を直ちに受け容るることの出来た外人の一人であることを自覚した。


アインシュタイン博士はアメリカ亡命後、ナチスドイツに対する原爆の使用をルーズベルト大統領に書簡で進言していた。
しかし、先にドイツが敗戦し、日本だけが残ったとき、周知の如く広島と長崎に原爆が投下された。
アインシュタイン博士が原爆投下の報を知ったのは、一般人同様ラジオからのニュースである。
このニュースを聞いたとき博士は「Oweh!」(ドイツ語で「なんと悲しいことか」の意)と言ったきり、暫く口がきけなかったと言う。

Posted by ナカノヒト : 2006年02月03日 13:38 | コメント (0)

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