失われゆくものたち
最近、仕事でMacintoshに触る機会が増えました。
Blue&WhiteのG3マシン(MacOS 9.2、約5年前の機種)なのですが、こいつが今となっては考えられないほど遅く、そして不安定。
Windows(しかもceleron)よりも遅く、不安定なG3に半分キレかかりながら作業をしているとき、「昔はこれでも早かったんだな……」と、ふと懐かしい感覚に襲われました。
あまり知られていませんが、私が最初に手にした「マイマシン」はMacintosh(68040マシン)です。
そこでGUI環境の素晴らしさと、80年代のアメリカヒッピー文化の香りを感じ、他のMacintoshユーザと同じように、自分たちが先進的で特殊な存在であると思いこんでいました。
もちろん、NECのPC98シリーズなんて「エロゲーマシン」と完全に見下していましたし!
また、Windows3.2を見たビル・ゲイツが「“なぜMacOSのようにできないんだ!”と癇癪を起こして社員に八つ当たりした」という話をニヨニヨ(・∀・)して聞くような、典型的なMacエバンジェリスト(Macintoshファン用語で言う「伝道者」)でもあったのです。
MacOS 8時代(1997年)にはApple社認定トレーナー資格(MOUSの上級資格のようなもの)も取得。
Macintoshへの愛情とWintel陣営(Windows+Intel)への憎しみを日々募らせていきました。
余談ですが、Microsoft社はWindows95を作る際、Apple社に頭を下げ、MacOSの基本的な外見を「資金援助」という形で権利を買取りました。
中でも「ゴミ箱」概念の権利使用料は数億ドルとも言われており、「世界一高価なゴミ箱」と揶揄されていましたね。
そしてMacOSでは「ゴミ箱」であるのに対し、Windowsは「ごみ箱」。
この表記の違いもApple社がMicrosoftに注文したようです。意図はさっぱりわかりませんが……
-閑話休題
少なくともWindows98~meまでは、圧倒的にMacOSの方が安定していました。
「使い方」によっても差は出ますが、当時の安定性はWindowsユーザも羨むほどだったのです。
また、痒いところに手が届く「仕掛け」がたまらなく、いくつかの機能はいまだにWindowsにも搭載して欲しいとさえ思っています。
それほどまでにMacintoshを愛していたのですが、ある事件を境にApple社に「貴様の新商品は二度と買わん!」と宣言し、決別するに至りました。
この話はまた後日として、実はMacintoshを購入した時の記憶がよみがえったのです。
Macintoshを購入する時、ある別のマシンと迷ったのです。
そのマシンとは……X68000!
当時としては画期的なグラフィックスペックとCPUパワー、さらには先進的なGUI環境を実現していたため「高価なゲームマシン」とさえ言われていました。
ファミコン黄金時代を支えた名開発機器であることも、忘れてはなりません。
X68000との出会いは、1995年当時に友人がMIDI機器とX68000(確かREDZONEのはず)を持ってきて、いろいろと触らせてくれたのです。
MASLデータで兄貴の頭部が回転するデータにも心をそそられましたが、最も心を惹かれたのはDTMでした。
当時の「DTM」といえば、ゲーム音楽のアレンジが中心。
自分でそこそこ音符がわかるし、ぼちぼちスコアも書けるので、DTMに手を出そうとしたのです。
そこでX68000とMacintoshを逡巡した結果、DTP等のデザインツールもやりたくなったため、Macintoshを選択し、現在に至ります。
このときにX68000を選択していたら、間違いなく自分の職務経歴書は全く別種のものになっていましたね。
今はファイルのコピーや転送なんかは一瞬で終わってしまいます。
でも前世紀は、ちょっと大きなファイルをMOにコピーするだけで数分かかり、しかもコピー中は他の操作が一切できなかったのです。
この「待ち時間」は、タバコを吸ってのんびりと画面を眺めたり、背筋を伸ばしたりと、実にゆったりした時間が流れていました。
また、自分のマシン(もちろんデスクトップタイプ!)を車やリュックに詰めて、外を持ち歩くと言うことが普通にあった、のんびりした時代だったのです。
今じゃあ信じられないでしょ!?
MacintoshやX68000といった680x0系CPUマシンは、現在の高速情報化時代には直接的には不要になってしまいました(MacintoshのIntelCPU採用により、680x0後継のPowerPCシリーズですら消えようとしています)。
ですが、この「高速情報化時代」の礎となる技術を、実にアナログチックに、ゆっくりと育成する土壌の役目を担っていたのだと思います。
良く考えたらMZシリーズやPC88シリーズ、そしてX68000といった、日本のコンピュータ史に残る名機に触れてこられたことは、1人の科学技術マニアとして実に貴重な体験だったと思います。
たまには、カセットテープに記録しながら、BASICで256ステップ(=256行)しか打てないマシンで遊んなでみようかのぅ……
■RetroPC.NET
ビンテージものの往年の名機に関するデータベース
■すがやみつるホームページ
あの「ゲームセンターあらし」の作者様のホームページ。
電子工学系のマンガ家らしいサイト。マイコンの話もあります。
■i-rebo すがやみつるブログ
『ゲームセンターあらし』の頃 というシリーズ記事が秀逸。
1970年台後半のコンピュータ奮闘記が書かれていて、ある意味生々しさすら感じます。
プログラムに256ステップしか使えないため、手書きでBASICからマシン語に書き換える話は
私のような世代にとっては涙を流さずには読めない話です。
Posted by ナカノヒト : 2006年05月12日 12:20 | コメント (0)