自覚は無くても自信はある~センスとは?
10月10日のエントリーで、日欧のセンスの差について、軽く語りました。
この記事について「きみはセンス良い時は猛烈に良いけど、ずれてる時はとことんズレてるよなぁ」という、何か訳解らないご感想を頂きました。
しばしば「センスが良い」「センスが悪い」という言葉を耳にしますが、果たしてこの「センス」とは何者なのでしょうか?
大学在学中から10年以上、クリエイティブ業でメシを食ってきた私の視点から、この「センス」について考えてみたいと思います。
「センス」とは、直訳すると「感覚」ということ。
ところが日本語で言うところの「センス」は、英語では「審美眼」という意味での「taste」になります。
正直、私は「審美眼」と言われてもピンと来ません。
むしろ私が考えるところのセンスとは、「バランス感に基づいて完結できる能力」だと思うのです。
例えば、「服のセンスがいいね~」と言う場合。
色遣いはもちろんのこと、合わせや形、そして着こなす人の体型等を総合的に見て「バランスが取れている」からこそ、「良い」と思えるわけです。
その選択ができている~完結させている~からこそ、「センスが良いね」と言えると思うのです。
つまり、色のバランスや、形のバランス、キャラクター等のデザインバランス……
全てをバランス良く調和させて、完結させることが重要なのです。バランスの整ったものは、美しいですからね。
逆に「センスが悪い」というのは、色遣いや合わせ、形などの「全体を構成する要素の何かが、調和を乱している」ということなのだと思います。
では、センスを磨くためにはどうしたら良いのでしょうか?
これは私なりの考えなのですが、「様々な物を見て、体験して、マクロ・ミクロ・多角的に考えること」に尽きると思います。
こう言うと難しいですが、手っ取り早いのは、非日常への旅行でしょう。
旅行とは日常生活から離れて、全く別の「非日常世界」へと行くことです。
増して外国なら、「非日常世界」どころか「異世界・異文化」となります。
旅先という非日常世界で、どれだけ多くの物を見て、触って、感じることができるか……ここが重要なのです。
当然、好奇心が旺盛でなければ活動はできません。
旅先で日常生活の維持を考えてしまう(日常生活と同じようなことをしようとする)ようでは、全く以て論外。
だからこそ、昔から国内外を問わず自らの足でアクティブに歩き、現地の人々と直接話し、得た刺激をフィードバックしていく旅行スタイルを貫いています。
約2週間のイタリア滞在時は、日頃のネット生活すら切り離し、あえてRagnarokには1度しか接続せず(しかも数分)、mixiもロクに見ないで、仕事のメール確認や、管理サイトの巡回程度だったほどですしね。
もちろん旅行に行かずとも磨くことができます。
日頃からアンテナを張り巡らし、日常生活の周囲に隠れている小さな非日常を咀嚼・吸収することで、自らブラッシュアップができるのです。
なかなか難しいですが、好奇心と行動力があれば大丈夫でしょう。
そう考えると、昨月のイタリア旅行は「バカンス」であると同時に、「次の仕事へ向けて刺激を与える場」でもあったのです。
もう休みなんだか、仕事なんだか……
ちなみに、冒頭部の「きみはセンス良い時は猛烈に良いけど、ずれてる時はとことんズレてるよなぁ」という発言。
どうやら「自分が好きな物や興味持った物については猛烈にセンスが良いが、嫌々する仕事についてはセンスのかけらが全く感じられない」ということでした ('・c_・`)
Posted by ナカノヒト : 2006年10月12日 20:16 | コメント (0)