To kill one's boredom...RO

「心にうつりゆくよしなしごと」について


「心にうつりゆくよしなしごと」について

<120>Society-社会 わかって欲しい若者たち

昨年末は「空気を読めない若者たち」というトピックで記事を執筆しました。
ちょうど昨年は、自分の周囲に空気を読むのが苦手?な20代前半の方が多かったので、年末の総括的な意見として書いたわけです。

今年は周囲で「誰も自分のことをわかってくれない」「自分のことをわかっていない」「何もわかっていない」と言う若者(特に20歳前後の子)が多かったので、あえてそこに切り込んでみたいと思います。


子供の頃、親に怒られた時などに「どうせ自分のこと解ってるわけでもないのに、一方的に怒らないで!」等と反論をまくし立てたことは、誰もが経験したことだと思います。
ただ振り返ってみると、自分の場合は中学生くらいを境に、そのような反論をしたこともなければ、思ったこともありません。
軽く知人(もちろん成人)に聞いてみても、「そういえば、中学くらいから言わなくなったなぁ」という意見が大勢を占めていました。
では、なぜそう思わなくなったのでしょうか。

自分の場合は、「そのままではわかりあうことなどできない」という諦観に基づいているからです。
諦観と言ってしまうと実にネガティブですが、口先だけで「わかってよ!わかってよ!」と言うよりは、まずは具体的な行動で示した方が早い、ということに気づいたのです。
特に「わかって欲しい対象」へは、しっかりとアピールすべきではないでしょうか?

また、「自分の居場所を確保・確認したい」系の「わかってほしい」というのも多く見られます。
ですが集団の中での自分の居場所とは、自分自身で作るモノ。
最初のきっかけ・導入こそ他者から与えられますが、その後は自分で作ってなんぼです。
「集団の中での居場所」というのは、それすなわち「集団の中での役割・ポジション」に等しいのですから。
何かの任務であれ、和ませ役であれ、ボケ役であれ、ツッコミ役であれ……
全て、自分の持ち味を出してこそ、自然と周囲に認められ、そして受け入れられていくのです。

こう言うと「どうアピールしたら良いかわからない」と反論が来そうですが、こればかりは「相手の立場に立って考えろ、そして読め!」ということしか言えません。
状況や相手に応じてパターンは変わるでしょうし、ましてや20歳前後であれば、そろそろ自力で考えるべきでしょう。
全てに取説・マニュアルがあると思うのは、大間違いです。

「わかってくれない」と泣く間があれば、考えて、そして行動し、アピールすべきです。
「この人わかってないな」と対象に対して思ったのなら、逆に「自分は適切なアピールができていたか否か」を考えるべきです。
だって、相手は超能力者でもなければ、あなた自身が「サトラレ」でもないのですから。

たとえその場は失敗したとしても、将来の成功につながるはず。
相手が目上なら失敗の経緯を一緒に検討してくれることも多々あり得ます。
その1歩すら踏み出せない人は、競争社会の資本主義では脱落していくこと間違いないでしょう。

と、ここまで書くと、また前回みたいに匿名の投稿が来るやも知れません。
「人のこと言っているけど、あんたは大丈夫?」と言った類の書き込みです。
そんなツッコミを入れる間があれば、自分の人生を振り返ってみて下さい。
少なくとも私は行動してきた類の人間ですから。
「理想」と「夢」を混同しているようでは、いつまでたっても社会人にはなれませんよ。

◆自分の価値を下げる、そのひと言 -女性のキャリア 「All About」

Posted by ナカノヒト : 2006年12月16日 16:37 | コメント (0)

この記事へコメントする

(コメントを投稿すると、サイト管理者へ承認を行います。投稿したコメントが表示されるためには、サイト管理者の承認が必要です。承認には少々お時間がかかりますので、しばらくお待ちください。)





メニュー

関連記事

Search

Tag

Powered by

Powered by
Movable Type 3.32-ja

apstars

RSSフィード