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「心にうつりゆくよしなしごと」について


「心にうつりゆくよしなしごと」について

<260>SPQR-古代ローマ 創造的天才

人は、誰しも自分にないものに憧れを抱くものです。
そしてその憧れの対象が、実に俗っぽい言い方ですが「尊敬する偉人」となっていきます。

私はこれまで、どちらかと言うとマニアックな歴史的人物に惚れてきました。
例えば、早世の軍師 郭嘉(A.D.170-207)は、その最たるものでしょう。
このブログを検索するだけで過去3件もの記事が見られます。

ところが、而立を過ぎて今更ながら、王道的な歴史上の人物に惚れ込んでしまいました。
いやもう、これが自分でも「今更かよっ!」とツッコミを入れてしまうほど、王道的人物です。

その歴史的人物とは、


古代ローマが生んだ唯一の創造的天才、Gaius Julius Caesar(B.C.100-44)です。

戦争の天才であり、時代の先を読み新秩序を築きあげる政治的天才でもあり、『ガリア戦記』を書き上げてしまう文学的天才……
にも関わらず、稀代の女たらしで、国家予算に匹敵するほどの借金を抱え(※1)、洒落男で、芸術と文化をこよなく愛していたのです。

だって、ガリア戦争の凱旋式では、カエサルの後を続く部下の兵士たちから、

「ローマ市民よ、妻を隠せ! これがハゲの女たらしだ。
カエサルはローマで借りた金をガリアの女で使い果たしたのだ!」


なーんて、からかいのシュプレヒコールを浴びるほど(※2)。
さすがにこれには苦笑してしまったでしょう。

閑話休題。
私が現在読みつづけている『ローマ人の物語』ですが、著者の塩野七生先生は「カエサルのことを書きたいが故に書き始めた」と言っています。
一読して納得。
痛快無比さの叙述はもちろんのこと、他巻に比べて愛情度合いが違っています。
良い歳になっても「腐女子魂、ここに極まれり!」といったところでしょうか。

そんなカエサルの信条が、Clementia(クレメンティア、寛容)です。
これは『他者の価値観を認め、受け入れる』という、敗者すら同化していくローマ人の伝統精神です。
騙まし討ちや不倫など、もうやりたい放題自由闊達なカエサルでしたが、この精神だけは徹底していました。

中でも私が心を打たれたのは、カエサルの次の言葉です。

「私が自由にした人々が、再び私に剣を向けることになるとしても、
私はそのようなことには心をわずらわせたくはない。
何にも増して、私が自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。
だから、他の人々もそうであって当然だと思う」

(キケロ、アッティクス宛書簡集より)



言葉の表面だけ撫でると、実に勝手な話に見えてしまいますが、そうではありません。
自分が自らの考えに忠実に生きたいがために、他者へもそれを認めているのです。
残念ながらこの考えが後の暗殺劇へとつながってしまうのですが、見事というしかないクレメンティアっぷり。
天才故の器の大きさを感じずにはいられませんでした。

また、人としての胆力も素晴らしいものです。
元老院の策略でガリアから強制帰還を命じられたカエサルは、国法上兵権を手放さねばならぬルビコン川を前にして、一夜逡巡します。
その結果、みなさんもご存知の「賽は投げられた」と叫び、川を渡るわけです。
塩野訳では、

「ここを越えれば、人間社会の悲惨。越えなければ、わが破滅。
進もう、神々の待つところへ、われわれを侮辱した敵の待つところへ。
賽は投げられた!」


といった具合に、非常に格好良いセリフになっています。
驚嘆するのはその後の展開で、一度腹をくくったところで徹底的にやり遂げてしまうわけです。
まさに「持続する意思」ですね。

今の日本にこそカエサルのような創造的天才が必要なのではないのでしょうか。
指導者の資質を全て持ち合わせていない身では、伝令官が関の山だと嘆息するばかりです。


指導者に求められる資質は、次の5つである。
知性、説得力、肉体の耐久力、自己抑制能力、意志の持続力。
カエサルだけが、これら全てを持っていた。

(イタリアの普通高校で使われる歴史の教科書より)



■Wikipedia - ガイウス・ユリウス・カエサル

※1
 第一次三頭政治で経済を握っていたクラッススは、カエサルの最大の債権者でした。
 ということは、借金の見返りに権限付与……という学説もあるわけで。

※2
 凱旋式では、指揮官の幸せっぷりに神が嫉妬して悪事を起こさぬよう、
 部下たちがからかいのシュプレヒコールをあげるのが伝統でした。
 もちろん好き勝手に内容を決めるのは、兵士たちの専有権限です。

Posted by ナカノヒト : 2007年05月04日 14:12 | コメント (0)

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