本物を識る
京都の相国寺で本日より開催されている、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の展示会に行ってきました。
相国寺より仕事の関係でご招待券を頂いたので、ご挨拶も兼ねて、いつも行動を共にしているツレと行ったのです。

▲伊藤若冲 動植綵絵「群鶏図」
で、こいつの反応が実に早い。
「若冲行かんか?」と言ったら、「鶏の絵やんな?行く行くー」という感じ。
代々京都に住んできただけあって、この手の知識は早いようですね。
若冲と言えば群鶏図(上画像)が有名ですが、これは「動植綵絵(どうしょくさいえ)」と呼ばれる30幅の軸と、釈迦三尊像3幅の計33幅ワンセットが本来の姿。
若冲みずから相国寺に寄進したもので、年1度の法要で33幅が掲げられるときは、まさに門前市を成す賑わいを見せたそうです。
ところが、明治の廃仏毀釈で相国寺の土地資産が危機に晒されました。
そこで寺では苦慮した末に、動植綵絵30幅を皇室へ献上。
代わりに当時の価値で10,000円(現代の100億円以上)の寄進を皇室から受け、存亡の危機は免れました。
この時から118年ぶりに、動植綵絵30幅と釈迦三尊像3幅の計33幅が、一堂に会したのです。
若冲は晩年、「自らの絵の価値を理解してくれる者が1000年後に現れれば良い」と言っていたそうですが、たった200年後に2人の男の執念により、世に見いだされることとなったのです。
意外にもその1人はアメリカ人。彼はこんなことを言っています。
私は専門家ではなく江戸絵画を愛するコレクターのひとりです。
学術的または資産的価値など “難しいこと”にはあまり興味がありません。
作家名にすら、こだわらないほどです。大切なのは、作品の前に立ったときに何を感じるかということだけ。
何かを感じられる作品が、すなわち“名作”なのですから。
彼は長年憧れ続けてきた若冲の動植綵絵 - 菊花流水図を目の当たりにしたとき、男泣きしたそうです。
本物は迫力とオーラがある。惚れたものなら尚更だ。
だからこそ、本物は識るべし。そして感じるべし。
いつもそう思っている私にとって、彼が男泣きした心情は理解できると同時に、彼のような人物に愛される日本文化を、心から誇りに思います。
私は美術品は元ある位置での常態保存が理想だと思っています。
しかし、名作は未来の人々へつなげていくのが、今を生きる我々の責務。
その責務を果たせ、かつ、作品の本質を捉え、心底愛してもらえるなら、日本の名作が海外で生き永らえるのも良いのではないかと最近思い始めています。
◆Wikipedia - 伊藤若冲
Posted by ナカノヒト : 2007年05月13日 23:24 | コメント (0)