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「心にうつりゆくよしなしごと」について


「心にうつりゆくよしなしごと」について

<120>Society-社会 今更ながら、柳田国男に瞠目

幼い頃から宗教、妖怪、幽鬼といった「目に見えないもの」に興味を持ち続けてきました。

小学時代の愛読書は学研「ムー」、中学時代の将来就きたい職業は「神主」と答え、高校に入り柳田国男小松和彦を通読し、大学では京都や吉野に足繁く通って、辻から辻へとフラフラしていました。
大学進学時は、中国文学(しかも聊斎志異!)か、民俗学(民俗宗教orくだんor憑きもの研究)の研究者になりたいと真剣に考えていました。

で、たった今、何気なく読んだ資料にとある一節がありました。
どう考えても20年前に読んでいた一節なのですが、当時は実家にいたため実感しなかったのだと思います。
私には、この一節で日本の現代社会が抱えるの家庭問題の根底が全て見えてしまったのです。


日本は地域の相互扶助ゆえに、家族が子供を育てる伝統がない。
[柳田国男]


そうなんです。
日本という稲作型農村社会では、弥生時代の昔より、全てがムラという共同体(コミュニティ)での共同作業でした。
共同作業は、子供の養育ですら例外ではありませんでした。
子供は共同体共通の宝であり、誰もが親であるからこそ、近所のオヤジが子供たちを叱りとばすという風景があったのです。

また、貴重な労働力を生み出す女性は、平塚らいてうが言った通り「原始女性は太陽であった」でした。
前述の通り、子供が共同体の共同体の宝であり、誰もが親という考え方に基づけば、父親が誰であるかと言うことは全く次元の低い問題でした。
男性は受精するための「装置」に過ぎないため、夜這い・通い婚により女性のもとへと走るのです。
ですが、受け入れるか否かの最終決定権は、常に女性にありました。
まさに共同体を遍く照らし、男性らの中心に立つ「太陽」だったのです。

そう考えると、都市部を中心に、日本の伝統であったムラ型共同体が崩壊した今。
家族が子供を育てられるわけがなく、それどころか子供を育てるシステムもノウハウもなく……
それでは「躾」という言葉が風化しても仕方ないな、と悟ってしまったのです。

昭和30年代の後半(1960年~)まで、東北・北陸地方の一部に原始農村共産社会の名残りである夜這いが、農村社会のシステムとして残っていたことが確認されています。
また、内務省解体は昭和22年(1947年)、教育勅語が正式に失効したのは昭和23(1948年)年7月。
たった半世紀ほどの間に、日本は大切なモノを失ってしまったようです。

Posted by ナカノヒト : 2008年03月29日 10:48 | コメント (0)

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