秋葉原の惨事の責任は
様々なブログや記事で、犯人に対して憎悪の心情が書かれているのを目にする。
本当に犯人だけが悪人なのだろうか。
以前、柳田国男の『日本は地域の相互扶助ゆえに、家族が子供を育てる伝統がない』という言葉を引いたが、今回の事件は崩壊しつつある日本社会が真の根元であるような気がしてならない。
太平洋戦争での敗戦と高度成長期で、近所付き合いや人間関係が希薄になり、『共同体』に育てられた子供がいなくなってしまった。
そんな子供が親の世代になっても『子供を育てられない』ため、結果として今回の事件を引き起こした『歪んだ子』が蔓延してしまったのだ。
ナイフやエロ漫画の規制より、政府はもっと深刻に考え、やらなければならないことがあると思う。
塩野七海は『人間の存在意義は、労働によって社会的に必要とされることで得られる』というようなことを著書の中で言っていたが、これは古来からの人間社会に於いては真実であろう。
だが、現代の人間社会では、アルバイト、パート、派遣社員、契約社員、正社員では、スタートラインからして労働における地位差が歴然としている。
アルバイトから派遣社員までの社会的地位が低いことは、言うまでもない。
できるだけ継続的な正社員として雇用する社会基盤を整えることが必要だろう。
また、社会だけではなく、個人にも若干の問題はあると思う。
私は、今回の事件で『誰もが狂気の一線を越えそうな所で生きている』ということを再認識して、身震いしてしまった。
つまり、私も、ここを読んでいるあなたも、いつあのような狂気に身を委ねるかわからないのである。
常識的な人間ほど、非常識の要素でバランスを取らなければ、精神の崩壊を来してしまうものなのだ。
そんな時、普段から読んでいるイタリアに関するメールマガジンの記事を思い出した。
以下に一部を引用する。
日本は健全か、否か?(コラム)
ローマにて、バスの中で友人が体験した話。
下校途中の高校生軍団でぎっしりと混雑するバスに乗ったときのこと。
ズボンを腰まで下げて、鼻にピアスをしているような、
「普通」の高校生の集団が、i-Podの音量を最大にして、
音楽を聴いていたそうなんですね。
「うるさいな~」とは思いつつも耐えていると、
隣に座っていたおじさんが、
「みんなの迷惑になるから、音量下げるか切るかしなさい。」と、
バスに響き渡る声でたしなめたんだそうです。
私はそこまで聞いて「ヒ~無邪気なおぢさん!危ないよねぇ。」と、
つい思ってしまいました。
だって、この後につながる話はきっと、
…キレタ高校生が、ボッコボコに……
ところがどっこい。
注意された後、この高校生の一団は、
恥ずかしそうに音楽を止めたんだそうです。
しかも「すみません」とか言いながら。
見た目は日本の「普通のいい子だったのに」と言われるような高校生とは、
まったく対極にあるような「何か問題起こしそう」に違いない
陽気にパンツを半分以上見せてるような(ズボン下ろしすぎで)男の子が、
ちゃんと人の迷惑考えられて、
シャツのボタンを3つまであけて、胸毛を思う存分はみ出させながら、
女の子に声をかけずにはいられないイタリアのオヤジが、
そんな高校生にもちゃんと声をかけて、世の中の常識を教えてあげている。
イタリアの高校生、健全です。
そして、オヤジも。
(All About 「イタリア」ガイド 岩田砂和子)
日本社会は、もう立ち直れないのだろうか。
またもイタリア(というか、欧州)への移住を考え込んでしまった。
国籍や民族など二の次である。
何が人間らしいか、どんな行為が人間らしいのか。
人間として大切なのは、その1点だと思う。
目前で事件が起こった際、携帯を取り出して写メを撮るより、先にすべきことがある。
私なら、今までもそうだが、絶対に被害者の元へ走り、最善を尽くすだろう。
日本という島国は、何かが狂ってしまっている……
Posted by ナカノヒト : 2008年06月10日 22:09 | コメント (0)