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「心にうつりゆくよしなしごと」について


「心にうつりゆくよしなしごと」について

<110>Miscellaneous-雑感 忘れられない実況

ジャンクスポーツで、スポーツ好きの芸能人が「感動の名シーン」について語っていた。
そのうちの1人が、感動の剰り競馬の実況を一言一句記憶している(実際に再現していたほど)というのがあったのだが、自分もそんな実況が1つだけある。

競馬にハマっていた当時はエガオヲミセテという牝馬が大好きで、札幌から京都競馬場や阪神競馬場まで追いかけるほど、夢中になっていた。
運営していたサイトでは、出走前夜にはスポーツ新聞ばりの展開予想図を掲載。
もちろん彼女が勝つべくしての展開しか掲載しなかった。

自分にとって忘れられない実況とは、彼女にとって唯一と言って良いG1制覇の機会であり、そして、彼女の人生(馬生?)の中で最後のG1となった1999年のエリザベス女王杯である。

ナマ観戦で興奮しすぎて覚えていないのだが、何度もVTRを見て「内からエガオヲミセテ!内からエガオヲミセテ!エガオヲミセテ!」というのは、ずっと耳朶に残っている。

そんな彼女は、近年の競馬悲話では筆頭格に挙げられる山元トレセンでの火災で亡くなった。その時を境に、自分も競馬から遠ざかり始めた。

今となっては「東京都内でナイター競馬をやっている競馬場は?」と問われても即答できないほど遠ざかってしまったが、前世紀は毎週のように馬券を買っていた。

そんな時代の話である。


今読み返すと、夕刊紙の競馬回顧小説の影響をモロに受けた文章なので、正直「アイタタタ……」なのですが、恥ずかしながらお蔵出し。
使用していた画像も引き出して、当時の構成そのままでお届けします。




13.天運 (2000年11月25日 記)

 蛯名に乗り替わって1番人気を背負いながらも、絶好調に程遠いエリモエクセルに0コンマ1の半馬身差で破れた府中牝特は、エリモエクセルとの見えない壁、そして、決して到達できない差---地力の差---を思い知らされるに充分であった。

 この時期、美鈴さんと京都に行き、一緒に菊花賞を観戦した後、彼より1週間在阪日程を延ばして仕事を済まし、エリ女も観戦する予定だった。
 菊花賞は京都競馬場との相性の悪さが出たのか完全に負け込んでしまったものの、半年振りに生で会うエガオヲミセテに早くも期待は膨らむ。

 G1レース開催競馬場では、開催日前週にターフビジョンに当日流れる各馬への応援メッセージの募集告知が行われ、当然菊花賞当日も翌週のエリ女出走各馬へのメッセージ募集がされていた。
 翌日葉書を書こうと思っていたものの、結局は忘れてしまったが。

 早速レース展望である。
 距離は2200mでやや不安はある物の、1枠2番の好枠だけに克服は可能。更に鞍上の蛯名が根岸S有力候補のセレクトグリーンを断って京都まで乗りに来たのだ。勝算も無しに西上するわけがない。

 後はパドックと体重次第。これこそ完全に勝機だ。
 地の利・人の利と揃ったら、後は天運!

 順当に考えれば(と言いつつも、いつも彼女に都合の良い展開予想だが)18番メジロビクトリアがレースを引っ張り、最後の直線で好位からの抜け出しと言うパターンが考えられた。

 ただ一つ不安だったのは、上がり競馬必至のエリ女で6番メジロドーベルと17番エリモエクセルの2頭に3F33秒の脚を使われたら……と言うことだけ。
 ちなみに友人期待のファレノプシスは、どうせ馬群に包まれてアウトと踏んだので、心配の「し」の字も無かった(苦笑)

 当日、帰札するための大荷物を持って早朝の京都競馬場へ向かう。

 梅田のホテルから御堂筋線に乗り、京阪淀屋橋から電車に乗る。途中新聞を数紙買ったが、中でもデイリーは1面に大きく彼女のことが取り上げられていた。「穴ならエガオ」「エガオ満開」と言った文字が、他の数紙でも見られた。

 彼女を間近に見るためにパドックで好位置を取り、午後に友人らと合流する。
 パドックでの彼女は、悠々と大きな歩幅でリズミカルに歩いていた。仕上がりは見るからに上々だ。
 東京11レースでは、期待通りセレクトグリーンが1分9秒2のコースレコードで勝っていた。
 この馬を断って、蛯名は彼女に乗る。

 ファンファーレの後、各馬難なくゲートに入りスタート。
 そしてすっと2番・3番手につけ向こう正面へ。更に3コーナーでやや上がって行ったが、各馬も上がって行ったため、前には壁ができている。
 上手く馬群が開かなければ、そのまま前に出る機会を失ってしまう。そんな不安を一瞬抱くも、次には僕の不安を吹き飛ばすシーンが待っていた。

 最終コーナーを曲がりきる直前、坂を下りきったからか最内から若干外によれるも好位置をキープ。後はいつもの勝ちパターン通り、馬群の間から抜け出ればと思いきや……コースの切れ目を利用して突然内側へ切り込み、エガオヲミセテの頭は完全に先頭のメジロビクトリアの内側となった(左写真)。

 同時に僕の中で何か「プツン」と切れた感がする。僕の予想通りの展開だったこともあるが、何と言っても悲願のG1初制覇まで残り500メートルを切ったからだ。「勝ち」を確信した僕は、当然絶叫し始める。そして、彼女も完全にコースの最内に入って脚を使い始めた。

 後は追うだけ!
 先頭のメジロビクトリアを完全に捉え、更に蛯名の鞭に反応してグングン伸びる。
 場内実況では「内からエガオヲミセテ!内からエガオヲミセテ!」と連呼している。
 観衆は歓声とも悲鳴ともつかぬ声を上げている。
 隣でファレノプシスファンのえもちゃんは悲鳴を発して頭を抱え込んでいる。
 僕はひたすら「そのままー!!」と酸欠寸前まで絶叫・連呼し続ける。

 しかし、内を付いてメジロドーベルが上がってきた!
 夢のG1制覇まで残り200mを切った時、メジロドーベルに完全に捉えられた。
 差し返すのは無理だ。せめて2着に……
 すると更に大外からフサイチエアデールも突っ込んできた。

 ……残ってくれ!

 僕の祈りも空しく、3着となった。
 しかし、掲示板には審議のランプが点灯している。アナウンスによると彼女が審議の対象になっているのだ。
 当然僕は動けるわけがない。
 長い審議の末、着順変更は無いことが解り、えもちゃん等と別れて荷物をひっさげ速攻電車に飛び乗った。
 そして南海難波駅に着いた時、関空行きの電車は既に出た後だった。
 エガオヲミセテは連に残れなかったが、僕は難波に残ってしまったのだ。

 エガオヲミセテのベストレースが語られる時、エリザベス女王杯を上げる人は極めて少ない。
 だが、僕にとっては勝鞍を上げたレースより、ほんの数秒ではあるものの、夢を見せてくれたこのレース(最後の直線、僕のアドレナリン分泌量が人生最多を記録したこと間違いないだろう)が今となっても忘れ得ぬベストレースになっている。
 強い馬が多い中で経済コースを走りながらも、一歩間違えたら馬群から出れない位置でコースの切れ目を利用して抜き出るとは「天晴れ蛯正!」と云うしかない。

 ただ、天運が無かったのだ。
 来年がある、そう自分を納得させて京都競馬場を後にした。



◆Wikipedia - エガオヲミセテ
今でも全馬券と掲載誌、そしてUFOキャッチャーの景品であるぬいぐるみを持っている。
自分にとっての「競馬の記録」は、これらが詰まったダンボール箱1つだけである。

Posted by ナカノヒト : 2008年06月22日 20:36 | コメント (0)

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